紀ノ国屋 

青山に住む最大のメリット:

それは紀ノ国屋が近くにある事。これがどんなに安心で幸せな事か。(その環境を失って初めて気がついた。Nさんのレポート)


紀ノ国屋に行くのは本当に楽しかった。何よりも「カート」が押せる。

あれが押したくない子供がいるだろうか?私より4才年上の兄だって押したくて大変だった。お肉売り場で交代するはずなのに、母がUターンすると、兄はニヤリとして戻って行く。やっと代わってもらっても最後の方はお酒やおかし売り場なので、母はさっさとレジに並んでしまう。そこでぐずぐず言ったら、マンガの巻いてあるアメリカのガムや、外国たばこのふりをした、シガーチョコレートが買ってもらえない。あのカートは紀ノ国屋が日本で初めて始めたんだそうだ。

父は果物オタクなので、一緒に果物売り場で過ごすのは本当に楽しかった。

紀ノ国屋はもともと高級果物を東宮御所に納めていたお店なのだから、品物はピカイチだ。今、考えると戦争で物のない時代に育ち盛りを過ごした父は、職場のビルにあった千疋屋と自宅の近くにあった紀ノ国屋の果物売り場が、夢を叶えてくれる場所だったに違いない。

粒のとんがったぶどう、孫悟空が食べたのでは?と思うような中国のぺったんこ形をした桃、ドリアン、今だって珍しいものが紀ノ国屋にはあった。ルビーのグレープフルーツだって、キウイだって、パパイヤだってまだまだ珍しい時代だったのに。フィリピンのマンゴーとメキシコのマンゴーが違う形なのだってちゃんと覚えられた。紀ノ国屋は、植物図鑑みたいだったのだ。

子供の私が1番気になったのは、桐の箱に入った2万円のサクランボだった。(3万円だったかもしれない。)総理大臣が食べるのだろうか?私は母に聞いた。「私が明日死ぬってわかったら買ってくれる?」クールな母は「死ぬ人に必要ないでしょう」と答えた。父はほろりとして言ってくれた。「買ってあげるよ。」私はすぐさま言った。「私、明日死ぬかもしれない」でも、買ってもらえなかった、、、、。

小さなカップに入ったサクランボだって、りんごだって、みんな名前がついてる。「インドりんご」と書いてあると「小公女」のセ−ラはインドで幸せだった時、こんなりんご食べていたのかな?なんて思った。行く度に発見があって、世界がぐんぐん広がった。

父はやがてチーズに凝りだした。

おいしそうなふりをして、父を喜ばせるためにブルーチーズを食べた。父は満足気だった。紀ノ国屋は空輸チーズだって「いの1番」に始めたのだ。ヤギのチーズだってあった。アルプスの少女ハイジは、こんな高級な物を食べていたわけ?なんて思った。

高校生になったころ、ワインブームが始まった。でも紀ノ国屋は昔からお酒に力を入れていた。

紀ノ国屋のお陰でこんな事があった。中学生の時ユリゲラ−という超能力者がブームになった。「壊れた時計が呪文で動き出す」とか「スプーン曲げ」というのもあった。そのユリゲラ−が、UFOを見た、というのだ。しかもそのランプの色は「ボルドーの赤」だったと言うのだ!あろうことか、数学の先生はユリゲラ−の信奉者だったようで「ボルドーの赤、どんな色なのだろうか、見た人はいませんか?」と、お授業で質問をされた。私は名乗りをあげ、ボルドーのワインがグラスに注がれている写真のついたパンフレットまで貰って来て先生に差し出した。紀ノ国屋のそばに住んでるといろんな事を覚えられた。

それから、忘れられないのが高級惣菜:シャルキュトリーだ。

今、デパートの地下や、ホテルの1階で売っているお持ち帰りお惣菜。これだって、紀ノ国屋が日本で1番最初に始めたのだ。そこのデザートにこんなのがあった。

「マリ−・アントアネットの大好物だったお菓子」

その時の興奮は忘れられない。私とマリ−・アントアネットを結び付けるものがここにある!それはイル フロッタンとか、ウフアラネ−ジュとか呼ばれているアングレ−ムソース(カスタードクリームのソース状のもの)にメレンゲを軽く茹でたものをいれた、フランスではお馴染みのデザートだったのだが、これのお陰でブルボン王朝やベルサイユがぐんと身近に感じられるようになった。

いろんな人に出会う事。

有名な人、父の仕事関係の人、母の友人、学校のお友達や御家族。ちょっとした社交場だ。だから普段はおてんばの私も紀ノ国屋ではおすまししていた。1度でいいからカートの最大速度を試してみたかったが、我慢した。学校のお友達も同じだった。「あっ!おすまししてる!」と思うのだが私も気取っているので、翌日学校で会うとお互いに照れくさい思いをした。


紀ノ国屋は大きく成長して行った。お魚も、生湯葉も、京都の瓢亭の物も、ケーキも、中華惣菜も。病気になると瓢亭の梅煮を食べさせて貰えた。ひらめのえんがわだけパックになっているのは、私専用のおかずだった。紀ノ国屋に行けば何でもある。年をとった両親が紀ノ国屋のそばに住んでいる、こんな安心で嬉しい事ってあるだろうか。

日本に駐在している世界中の200近い国の方々が、食材に御不自由のないよう、忙しい人達が1ケ所でお買い物ができる様、いつでも安全で美味しい物が食べられる様、「縁の下の力持ち」紀ノ国屋さんが私達を支えてくれている。


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