農業本
全く農業の経験が無い私が、農業をやってみようと思って読んだ本を紹介します。
【農業・起業紹介本】
@「究極の田んぼ」 岩澤信夫著 日本経済新聞出版社発行(本体1500円)
米作りにおいて無農薬・無肥料の冬季湛水・不耕起栽培を提唱するに至る過程を紹介する本。
“不耕起”という造語は、2008年に亡くなった福岡正信氏が唱えた言葉であるが、その技術は今の言葉でいうと“不耕起直播栽培”だという。1993年の大冷害が、「不耕起」の効用を明確にし、宮城県田尻町でのマガンのネグラを作るための冬季湛水により、イトミミズ繁殖と雑草減少、養分生成効果に気付く。そもそも現在の稚苗(葉が2.5枚)植えが行われ始めたのは1960年代に田植機が開発されてからだという。それまでは成苗(葉が5.5枚)植えが行われていた。この成苗植えの田んぼの稲が1980年と翌年にまたがる冷害時に多くの田が青立ち状態の中で黄金色の穂を垂れているのを認めたのが、成苗植えの効用に気付くきっかけになった。
著者の提唱する技術をもう少し詳しく表現すると「無肥料・無農薬・不耕起移植・冬季湛水農法」となる。“移植”とは成苗を移植するという意味である。この栽培法の要は“不耕起”よりもむしろ“冬季湛水”にある。“冬季湛水”によりイトミミズが発生し、このイトミミズが生じさせるトロトロ層が雑草の種子に作用して発芽を阻害するために除草剤が不要になる。またこのイトミミズが生じさせる養分により肥料も不要になるという。(個人的にはイトミミズが繁殖しても稲に吸収されて失われたリンとカリをイトミミズが再生することは出来ないので無肥料の根拠としては説明が弱いと思う。窒素については化学的形態の変化と根粒菌等の作用もあり、何とも言えない。山ワサビのように栄養素をほとんど水から吸収する作物もあるので稲も水から供給されるリンとカリで生育するのなら納得できるが)
次に不耕起の効果であるが、成苗を移植することと不耕起の影響により稲は硬い土壌のストレスによりエチレンを放出し、このエチレンの抑制ホルモンとしての作用により根が太くなり、茎が太くなり、短稈になって倒伏しない稲になる。太い根は養分を吸収し、多収になる。また、生成したエチレンは稲の代謝によって酸化エチレン(手術器具などの滅菌に使用されるエチレンオキシド)になり、その殺菌作用により農薬不要になる。要するに不耕起と成苗移植の効果は、多収と無農薬に結び付くという。
著者が、追求するのは地球と人間にやさしく、持続可能な農業である。有機農法は抗生物質まみれの畜産糞尿を利用することで田畑と作物を汚す農法として否定。化成肥料の原料であるリン鉱石の可採年数はあと20年。田植え前の代掻きによる河川の栄養塩汚染。稲わらを田んぼに抄き込むことによる地球温暖化気体であるメタンの発生。従来農法の危険性を次々に指摘していく。
著者は、近い将来に日本が飢えで苦しむ時が来るという。私もそう考えている。著者の探究心には感心する。著者も指摘しているが、現象としての不耕起移植・冬季湛水農法の効果の科学的根拠を公的機関が証明してくれたらと思う。
最後に著者は、冬季湛水できないような田んぼでも出来るSRI農法を紹介する。使用する水量を減らす農法。また、成苗ではなく乳苗を使用するのが特徴。
不耕起移植・冬季湛水農法を知りたい人、新規就農者でも、退職後に「農的な生活」をしたい人は、ぜひ自然耕塾の扉を叩いてください、とのことです。
A「ロジカルな田んぼ」 松下明弘著日経プレミアシリーズ 日本経済新聞出版社発行(本体850円)
著者は、自他ともに認める「日本一の稲オタク」と言われるだけあって、酒米「山田錦」の全国初めての有機・無農薬栽培に成功、巨大胚芽米「カミアカリ」を農水省に品種登録(個人農家による静岡県初の品種登録)などの実績がある。
著者は、稲の有機・無農薬栽培を実践している。「化学肥料・農薬が、日本の農家から思考力をうばってしまった。」これが著者の主張の根源にある。著者は、29歳で稲作を始めるに当たり、有機農業で「稲作名人」と言われる人達を訪ねたという。上記、岩澤信夫氏も訪ねたが、著者の田んぼはザル田で水がたまらないので冬季湛水も出来なければ、代掻きなしでは田植えをすることもできない。そこで著者は、不耕起の次善の策として表層耕起という手法を考案する。肥料も牛糞等はホルモン剤や抗生物質等の影響の懸念があるために使用せず、動物系では魚粕を使用する。
題名は「ロジカル(論理的)な田んぼ」と幾分堅苦しいが、著者の苦しかった青年時代の話やエチオピアでの青年海外協力隊の経験、世話になった青島酒造社長との出会い、稲の珍品種収集の話などが織り交ぜてあり、比較的気楽に読める。また、著者が行っている具体的な稲栽培のスケジュールの解説等もあり、考え方は稲作農家などの参考になるかもしれない。
B「農で起業する! 脱サラ農業のススメ」 杉山経昌著 築地書館株式会社発行(本体1800円)
著者は、通信機の会社であるO電気の研究所で12年間働いた後、半導体を扱う外資系企業の営業となり、入社した時の売上げが20億だったのを十数年で360億に増やした人物である。外資系企業なので胃に穴が開くほどのストレスの中で仕事をこなしてきたが、資源も使い捨て、人間も使い捨て、という企業生活に疑問を感じ、地球を壊さないのは、百姓かな、と思って就農した、という。この本の主題は、扉にも書いてあるように「ビジネスとはなんぞや」を学んでいただきたい、である。そして、日本の農業の3大時代遅れとして「肥料」「計測」「情報」を挙げている。
「肥料」については、施肥根拠の不確かさを批判している。単に有機であればよいのか?過剰な堆肥のムダと害などを批判している。この点については、自分も同感である。本来、施肥量≒作物の吸収量となるべきではないかと思うが、その辺のことを合理的に説明した本は少ない。過剰な肥料投与で流出した硝酸塩が原因でメトヘモグロビン血症を引き起こした事例も過去にはあった。
「計測」でも手厳しい。工業では計測技術が非常に進歩しているのに農業では 未だに「感覚」や「感じ」「雰囲気」で表現する。確かに酸性土壌には石灰を撒けだの苦土石灰を撒けだの言うが、本来なら土壌のpHなり、アルカリ消費量なりを測定してから必要量を撒くのが本来の姿であろう。土壌の水分計(テンシオンメーター)の話も出てくるが、確かに農業ももう少し「計測」ということを考えるべきだと思う。因みに私は環境化学と分析が専門であるが、土壌については不勉強なので、これから勉強しなければならない。ただ、もう頭が固くなっているので本を読んでも中々理解できない。
「情報」については、著者は労働時間短縮を掲げる。この辺の説明は良く理解できないが、労働時間短縮に著者がこだわっているのは事実である。産業として考えたら当然のことであろう。
著者は、宮崎県綾町で観光農園を含む果樹園農家をやっているが、単なる就農の読み物として読んでも面白い。就農後の農業経営の参考になる部分も多いと思う。
C「農業で利益を出し続ける7つのルール」 澤浦彰治著 ダイヤモンド社発行(本体1700円)
この本は、家族経営の弱小農家を年商20億円の農業法人へ拡大させた著者の成功体験物語である。しかし、物語の中に全く嫌みがない。著者の真っ直ぐな性格、前向きな考え方が素直に表現されている。
始まりは平成元年、著者25歳の時のコンニャク相場の大暴落で肥料代の支払いや借入の返済、納税も出来なくなった話から始まる。この危機をきっかけに著者は、「言われるままに、ただ生産する農業」から「自分で値段をつけて販売する農業」へと大きく転換したという。
著者は、基本的に顧客の一見無理な要求に真摯に応えることで販路を拡大したように思える。当時、一般的に不可能と言われていたこんにゃくの無農薬栽培を実現し、野菜の鮮度保持のために真空冷却機を開発し、レタスの安定供給を目的とした適地適作のための組織作り。著者の考えは、次の文章に要約されているように思う。「「本業で農業を行う」という意味は、片手間の兼業、趣味や田舎暮らしを目的とした農業ではなく、顧客の要望を満たし、世の中の問題や課題を積極的に解決できる能力を持った専業農業を行うということです。」
表題にある7つのルールは、参考になるものですが、前半の著者の経歴を読んでいくだけでも非常に参考になると思います。
【農業実践本】
@「新特産シリーズ ワサビ」 星谷佳功著 一般社団法人 農山漁村文化協会(農文協)発行(本体1457円)
ワサビ栽培のバイブルのような存在。他にワサビ栽培を解説した本が見当たらない。
ワサビの栽培自体が、どこでもできる一般的なものではないので、栽培解説本もないのかもしれない。
色々な栽培法が解説されているが、1940年の戦前のデータ(表2-1 ワサビ田の用水成分差)などが引用されており、もう少し最新のデータがないのか、と言いたいところ。そうは言いながら頻繁に繰り返し読んでいる。
A「新しい土壌診断と施肥設計」 武田健著 一般社団法人 農山漁村文化協会(農文協)発行(本体2000円)
肥料について解説した本はたくさんあるが、土壌の物理特性の重要性、明確な土づくり・施肥設計のポイントを示した本は少ない。
物事を定量化、要するに数字で示そうとする姿勢は評価できる。要するに長年の経験や勘ではなく、土壌診断に基づいた土壌の数値管理を提唱している。
私は経験や勘を否定するものではないし、経験や勘は極めて重要なものだと考えるが、科学的な考え方との融合は必要だと思う。
この本の提唱する土壌改善の指標ポイントは以下の5つ。
〔土の物理性の改善〕→保水性・通気性の最適化
(1)土の仮比重0.97〜1.0を目標
(2)仮比重0.2の堆肥で改善
〔土の生物性の改善〕→根と微生物の環境の健全化
(3)C/N (炭素/窒素)比15〜20の堆肥で改善
〔土の科学性の改善〕
(4)良質堆肥とゼオライトによる土の養分保持力の改善(CECの向上)→収量の増加
(5)塩基飽和度・塩基バランスの改善→秀品率の向上
この本の内容の根拠は、多くは農文協の『農業技術体系 土壌施肥編』をベースにしているという。5つのポイントのうち、(1)から始めて(2)までは比較的簡単に理解できるが、(3)で少し理解の速度が遅くなり、(4)と(5)は化学を学んできた私であるが、中々理解できない。CEC(Cation
Exchange Capacity:陽イオン交換容量)の概念自体が一般の人には難しいと思う。ましてや(5)までは。
166頁の中に極めて多くの内容が盛り込まれている。参考にできる部分も多いと思う。
B「土と施肥の新知識」 渡辺和彦等 一般社団法人 全国肥料商連合会発行(本体2000円)
農業本を読むと堆肥という言葉が良く出てくる。ところがなぜ堆肥にしなければならないのかを説明した本は少ない。この本は、何を堆肥にし、何を堆肥にしないのか。堆肥にする必要のない緑肥のことやぼかしにする理由も明確に説明している。農業学校の教育では当然の事かもしれないが、その辺の基礎的なことから作物ごとの施肥管理まで、要するに肥料についての基礎的なことから相当専門的なことまで説明してある。一回読んだだけでは本質は理解できそうもないので何度でも読む必要がありそう。植物の成長の奥深さを教えてくれる本だと思う。